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2話 名なき忌み子と冷えた館

ผู้เขียน: ましゅまろぽてち
last update วันที่เผยแพร่: 2026-08-07 09:57:43

​嵐が去った後の分娩室は、まるで墓場のような静寂に包まれていた。

​ズタズタに引き裂かれた高級な壁紙、粉々に砕け散った窓ガラス。その惨状の真ん中で、熟練の助産師であるマサはガタガタと膝を震わせながら、かろうじて床に手をついていた。

​「お、奥様……公爵様……。一体、何が……」

​マサの声はかすれ、恐れに満ちていた。

公爵アレクシスは荒い息を吐きながら、我が子を抱く腕に激しい悪寒を感じていた。

​先ほどまでの神聖な銀髪は影も形もない。夜の闇をそのまま切り取ったかのような禍々しい漆黒の髪。そして、ゆっくりと閉じられた瞼の奥にあるのは、血のように不吉な深紅の瞳。

​「あなた……この子は……本当に、私たちの子供なの……?」

​ベッドに横たわる妻エレノアは青ざめ、ショックのあまり震える手で胸元を固く握りしめていた。涙がその美しい頬を伝い落ちる。

​本来であれば、ヴァルハイト公爵家の直系として、輝く銀髪と澄んだ銀瞳を称える麗しい名前が贈られるはずだった。誕生の数ヶ月前から、ふたりで夜を徹して考え抜いていた愛おしい名前が。

​しかし――アレクシスは言葉を詰まらせた。

​「……名付けなど、できん」

​「公爵様……!?」

​「見ろ、この髪を! この瞳を! まるで……まるで悪魔に取り憑かれているようではないか!」

​吐き捨てるようなアレクシスの声に、部屋の隅に控えていた若いお世話係のメイド、マルタが小さく悲鳴を上げて息を呑む。

​マナの暴走自体は収まった。赤子は今、何事もなかったかのように静かに息を立てて眠っている。だが、その小さな身体から放たれた狂暴な魔力の余韻は、この部屋の空気ごと凍りつかせていた。

​「マルタ」

​アレクシスが低く冷たい声でお世話係を呼ぶ。

​「は、はいっ! 公爵様!」

​「この子を……離れへ運べ。本邸の者たちの目に触れぬよう、奥の古い館に隔離するのだ」

​「そんな……! アレクシス様、いくらなんでも赤ちゃんを離れにだなんて!」

​エレノアが叫ぶが、その瞳には愛おしさ以上に、我が子に対する得体の知れない恐怖が色濃く差していた。

​「エレノア、正気を保て! あれはただの赤子ではない! 我が一族の威信を、いや、領地全体を崩壊させかねない不吉の塊だ!」

​アレクシスは冷酷に言い放つと、眠る赤子をマルタの手へと押し付けた。

​マルタは恐怖で腕を震わせながらも、小さな赤子を恐る恐る受け抱く。

名前すら与えられず、祝福の鐘も鳴らされず。生まれ落ちたその日に、赤子は公爵家の歴史から存在を消されることとなった。

​「……行きなさい、マルタ」

​「はい……失礼いたします……」

​マルタは頭を下げ、逃げるように惨状と化した分娩室を後にした。

​腕の中で静かに眠る、黒髪の赤子。

マルタは離れへと続く冷たい廊下を歩きながら、胸の奥で言い知れぬ寒気に震えていた。

​この名もなき赤子が、やがて世界を揺るがす漆黒の異形となることを、この時の屋敷の者はまだ誰も知る由もなかった。

本邸から遠く離れた、埃っぽい古い離れの一室。

マルタは硬いベッドへ恐る恐る赤子を寝かせると、安堵の溜息を漏らした。

​その時だった。

気配に気づいたのか、赤子がふうと小さな息をつき、静かに重い瞼を開いた。

​「っ……!」

​マルタは思わず息を呑んだ。

​薄暗い室内で、月光を反射して怪しく光る深紅の瞳。

不吉、悪魔の目、そう叫んで遠ざけた公爵たちの言葉が頭をよぎる。だが……間近でじっと見つめ返されているうちに、マルタの心に奇妙な感覚が芽生え始めた。

​(……綺麗……)

​恐ろしいはずのその瞳は、まるで洗練された極上のルビーのように深く、吸い込まれそうなほどに危うい美しさを秘めていた。毒だと分かっていても目を離せなくなるような、不思議な魔力。

​その妖艶さに心を奪われかけ、呆然と立ち尽くしていた、その時。

​「あー……」

​小さな小さな手が伸ばされ、マルタの頬に触れたかと思うと、そのまま彼女の髪をぎゅっと引っ張った。

​「痛っ……あ、ふふっ」

​引っ張られた痛みに、マルタははっと正気に戻った。

指を掴もうと小さくもがく手、無垢に揺れる瞳、かすかに温かい吐息。

​(……なにも、恐ろしいことなんてない)

​あの部屋を破壊した狂暴な魔力の暴走すら、まるで悪い夢だったのではないかと錯覚してしまうほどだ。

髪の色が黒かろうと、瞳が赤かろうと、よく見れば――いや、よく見ずとも、ただそこにいるだけで守ってあげたくなるような、可愛らしい普通の赤ちゃんだった。

​「ひどいお父様とお母様ね。こんなに可愛いあなたを、悪魔だなんて……」

​マルタの表情から恐怖が消え、温かな笑みがこぼれ落ちる。

髪を引っ張る小さな手を優しく包み込みながら、マルタはそっと語りかけた。

​「あのお屋敷の誰も呼んでくれないなら……私が、素敵な名前をつけてあげようかしら。ふふ」

​冷え切った離れの部屋に、はじめて小さな優しさが灯った瞬間だった。

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